Fun Club ファンクラブひまわり

  • ファンクラブについて
  • ひまわり広場
  • おしゃべり広場
  • みなさまのページ
  • ひまわり入会案内

ひまわり広場(イベントのご紹介)

「ひまわり広場」は、陽子さんを囲んでの楽しいミニ・コンサート&パーティーです。チェロ・アンサンブルの企画もあり、東京と関西で開催されるとても和やかなサロンです。ここではその活動の様子をご紹介いたします。

+ + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +
陽子さん応援 東欧音楽ツアー ご報告 
 2004年11月1日~15日  プラハ編  ベオグラード編  ハンガリー編  ウィーン編
 
+ + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +

  2004年11月1日 ツアー一行は晩秋の日本を発ち、「ひまわり・陽子さん応援ツアー」と名打って東欧4カ国・15日間の旅をし、陽子さんの5回のコンサートを中心に現地で オペラなど他の音楽会、各国の民族音楽、これらを育んだ芸術背景など多方面に渉って 楽しみつつ・・・学び、経験してきました。(ご覧頂く方に これらの様子が伝わりますでしょうか? 掲載している写真、コメントはツアー参加者が寄せ合ったものを抜粋、編集しました。)

 そもそも、この度のツアーは2003年にプラハ交響楽団来日の折り、ソリストとして 陽子さんが共演しました縁で、今年の定期演奏会にプラハに招かれた事に因ります。このニュースを知った「ひまわり事務局」は 急遽、手作り「応援ツアー」を企画し、世話役の苦労の賜物として実現でき、 ここにご報告できる次第に至りました。色づく菩提樹のプラハから始まり 芸術の都ウイーンまで 参加者と共に思いを馳せ~しばしお付き合い下さると嬉しく思います。

陽子さん応援 東欧音楽ツアー 第一部 プラハ編 ▲▲

11月1日
 ウィーン経由で17時40分にプラハ空港に到着。
前チェコスロバキア・イタリア大使で現カレル大学教授のホルプ先生が空港にお出迎えに一同びっくり!

一行はホルプ先生ご夫妻とともにゴールデンライオンでチェコ料理に舌づつみ。 その後夜の町を案内していただきながらホテルに戻りました。ほろ酔いの頬にプラハの夜風が心地よい。

2日 通訳のアンドレアさんのガイドで市内観光。旧市街広場から聖ミクラーシュ教会とフランツカフカ博物館の脇を通り、 地下鉄でスタロムニェストスカー駅からマロストランスカー駅まで、トラムでプラハ城の北側の門から、一度展望台に出てから正門から入り直し、 聖ヴィート大聖堂とブラジスラフスホール、黄金の小路を歩いて降り、カレル橋へ。

1200年の歴史を持ち、“中世を偲ばせる街”というより、まだ中世の時代にいるようなプラハの市内でした。


 プラハ旧市街広場。 
 ヤン・フス像やティーン教会など、どこを撮っても絵になります。


プラハ城


有名なカレル橋。欄干にはキリスト教の聖人たちが・・・。
フランシスコ・ザビエルもありました。
2日の昼食はヴァーツラフ広場脇のペリカンで。
歩きつかれた体をいったんホテルで休め、夕方はいよいよ陽子さんのコンサート初日!! 開演が19時半なのでスメタナホール地下のピルスナーレストランへ。我々ツアーグループを見つけてアコーディオンの流しが寄ってきます。私たちの心はハチャトゥリャンにあるのに、無碍にもできず、しばしアコーディオンを聴きながらの夕食でした。

11月2日 プラハ交響楽団とハチャトゥリャンの協奏曲       (スメタナホール)

 コンサート当日のスメタナホール内部です。演奏中の写真が撮れなくて残念!! でも、録音マイクが立ち、チェコ国内で放送されるとのこと。

 陽子さんの演奏は、いつもと同じように、もう本当にすばらしいのひと言でした。ハチャトリアンの難曲を実に見事に演奏されました! 鳴りやまぬ拍手に答えてのアンコールは、Bach の無伴奏Cello Sonata の3番からブーレのⅠ・Ⅱを、これも実に優雅に美しく、 また女性ならではと思われるエレガントな装飾音等もちょっと入れたりして、とても好感の持てる演奏でした。

11月3日 プラハ交響楽団とハチャトゥリャンの協奏曲       (スメタナホール)

 第2夜の陽子さん、前夜にも増してプラハ・フィルとのハーモニーがすばらしく、両者とも全身全霊を傾けての演奏。
初日に比べるともっと自由奔放で緊張感に溢れ、ワクワクのひと時でした。

 今夜は万雷の拍手にも、陽子さん「既に完全燃焼でアンコールは片手がもう駄目」とのゼスチュアで手先を振ってゴメンナサイネ、で、またその仕草がかわいくて大拍手でした。
満足、まんぞく、ああ、来て良かった~!


 プラハ響の終演後、指揮者のペテル・アルトリヒテル氏と。
ほんとうにお疲れさま!! ブラボー!!

  プラハ交響楽団のコンサートポスターとプログラム。

3日 報告は前後しますが、3日はコンサート前にドヴォルザーク第二の故郷といわれる南ボヘミアのヴィソカに行きました。ヴィソカはプラハの南西50キロほどに位置し、お目当てのドヴォルザーク記念館は11月は閉館月でしたが、私たちツアーのために特別に開けていただきました。

ここは、一般道ではありません。記念館の中なのです! 
サクサクと落ち葉を踏みしめる足元にはいろいろなキノコが群生。

この路をドヴォルザークもヤナーチェックも歩いたんですね。そしてこんな自然の中からドヴォルザークの交響曲第八番はじめさまざまな名曲が紡ぎだされたんですね、感無量!!

 ドヴォルザーク記念館の全貌。結婚プレゼントとして贈られた夏の家で、北には森が広がり、南には池のある谷間があり、この美しさに魅せられた彼は夏ごとに26回も訪れたとのこと。(当時よりは増改築されているが、ピアノやシャンデリア、じゅうたんやストーブは当時のままだそうです) 

ドヴォルザークの家族の写真や直筆譜を見たりしながら、記念館の管理者からこまかな話をきくうちに、ドヴォルザークがぐんぐん近くなるのは不思議。

偶然にも、通訳アンドレアさんのご主人制作のレコードも販売されていて求めて帰りました。


 ドヴォルザーク像の前で記念撮影。


 この坂を登った左手にリトミッシェル城が現れます。


4日 スメタナの生家があり、城が1999年に世界遺産として登録されたリトミッシェルに行ってきました。

 ハヴェル大統領が世界の首脳会議の場としてこの地を選んだということですが、さもありなん。壮観な外貌。夏には中庭で野外オペラの上演もあるとのことです。


 そして城内は言葉には言い尽くせないほど豪華絢爛でした。中には劇場もあり、歴史的な名画・陶器・シャンデリア・家具など、撮影禁止のためにお見せできなくて残念!! 
私たちツアー参加者の脳裏に焼きついています。

 スメタナはこの地のビール醸造技師の息子として産まれたとのことなので、昼食(KARLOVレストラン)のビールの味は格別でした(^^)

 リトミッシェルの市街に建つスメタナ像と市内の様子。
街路樹の小さなりんごが色づいていました。


 夕闇迫る郊外をひたすらプラハ市に向けて走る専用バス。
広い広い草原には、5月に菜の花、7月にはひまわりが一面に咲くそうです。


 6時ぎりぎりにホテルに到着し、あわてて着替えて国民劇場にタクシーを飛ばします。


 4日の夜は、モルダウ川のほとりに建つ国民劇場のオペラ座の、前から5列目というベストシートで『椿姫』を鑑賞。
なにもかも素晴らしく酔いしれました。
 モルダウ川の岸に建つ国民劇場は、一度火事で全焼したがすぐに市民運動が始まり、国民の寄付によって再建されたとのこと。音楽好きな国民性が羨ましい。


 この日の夕食は、なんと日本料理のお弁当!! おにぎりや漬物のおいしさといったら!! 石原さんの心遣いに感謝。

5日 いよいよ今朝は4日間滞在したチェコともお別れ、荷物をまとめてホテルのロビーに下りると、ホルプ先生がまたまたお見送り。しかもプラハ空港までご一緒のうえ、皆のトランクのお世話まで!! 本当にありがとうございました。


陽子さん応援 東欧音楽ツアー 第二部 ベオグラード編  ▲▲

 14時35分、プラハ発ウィーン経由でベオグラード空港へ到着。
ベオグラードとは「白い町」という意味だそうで、ローマとアテネに次いで3番目に古い首都とのこと。
予備知識の全く無かった私たちにとって、今回のベオグラード訪問は良い意味で予想とはるかにはるかに異なった街。

 空港には旅行社の社長さんと通訳のベルグラード大学言語学科の日本語担当、ヨアンナ・マルコビッチ教授がお出迎え。
バスはサバ川を越えて新市街のハイアット・リージェンシー・ベオグラードの心地よい高級ホテルへ。


 ホテルの広々としたフロントの空間。


 隅々まで清潔なホテルのスペース。


5日 ベオグラードフィルとハチャトゥリャンの協奏曲
    (Kolarac Hall)


 指揮者、ドリアン・ウィルソンと陽子さんのツーショット。
コンサートはベオグラード大学のある大学広場の正面、Kolarac Hall で行われました。
当日は超満員で私たちの席すら確保が難しかったとか。


 終演後の楽屋で陽子さんを囲んでパチリ。

 コンサートは「日本月間」のファイナルを締めくくるもので、各国大使ご夫妻の臨席もあり、テレビカメラも入って、翌日さっそく放映されたそうです。


セルビア民族舞踏つきレストラン NMAⅡRAP にて夕食。

カラフルな民族衣装で演奏やダンス。至福のひとときでした

6日はベオグラードの市内観光です。

オスマントルコ支配期の総督・ダリ・アマ・バシャの祠。


 かの有名な美しき蒼きドナウ川とサバ川の合流地点。
市内には日本政府から寄贈された96台(92台?)の黄色いバスも走り、対日感情は Very Good!!



 現在はテニスコートやスポーツ施設などもできて市民の憩いの場となっているカレメグダン公園。

 ドナウとサバという二つの川を見下ろす岡の上に位置した軍事上の要所であり、過去さまざまな熾烈な戦闘の舞台となってきた場所である。

 限りない砲弾の痕跡や残された大砲など、過去の歴史が生々しい。カレメグダンの歴史はベオグラードの歴史そのものといえるかも。


 第一次世界大戦の勝利記念として建てられた高さ14メートルの肖平像(勝利記念の塔)。左手に平和のシンボル隼を、右手の剣は下におろされ、国の自由のために、全てを捧げた裸体である。今は公園のシンボルとなっているが、建立とうじには現地婦人連盟の非難などがあって、市街の中心部からこの地に移設されたとか。


 ベオグラードの近郊、コバチカの小路。 
一見のどかな農村だが、「芸術村」として名高く、独特の絵画・絵皿の絵付け・コツコツとしたヴァイオリン製作・刺繍などの仕事場を訪問させていたきました。

 時計を止めて一日中たたずみたい。


 その後コバチカにあるバロック様式のスロバキ・ルーテランというプロテスタント教会を訪問。

 甘いマスクのオルガニストが、私たちだけのために荘厳なパイプオルガンを披露くださり、夕闇の中、別世界の気分。
ついつい財布の現地通貨を全部浄財にまわした人も。


7日
 3日のコンサート当日、珍しい多くの日本人ツアーの参加にびっくりされた 在セルビア・モンテネグロ田邊大使から、思いがけず白亜の美しい大使公邸ヘ全員がご招待いただき、楽しく美味しく、そして有意義なひとときを過ごさせていただきました。

 ベオグラードについては、もっともっとお伝えしたいことがありますが、スペースの都合でお伝えできず残念!!



 田邊大使ご夫妻を囲んでパチリ!! 室内は日本の絵画や工芸品と格式高い調度品がみごとにマッチ。この部屋の手前に大きな明るい部屋があり、 しばしベオグラード事情をお聞きして私たちがいかにこの国に未知であったか痛感!!

「札束」より「知恵」の外交として注目と成果をあげ、難しい政治情勢の中でも、ベオグラード市民の方々のすばらしい親日感情は、 この大使の汗とエネルギーに負うところ大、と一同感服した次第です。

陽子さん応援 東欧音楽ツアー 第三部 ハンガリー編   ▲▲

ベオグラードからウィーン空港に飛び、ここでA班のグループとはお別れです。さようなら~日本でお会いしましょう!! 

そして入れ替わりにM嬢が合流し、BC班一行は専用バスでブタペストに。国境超えもいとも簡単、車窓からの景色を楽しく眺めているうちにたっぷりと陽も落ち、 空には降るような星・星・星・・・。そしてブタペスト市街に入るや、左手にはまばゆいばかりの鎖橋や王宮がライトアップされて登場!!  『ドナウの真珠』をまさに実感し、写真には収めきれない感動しきりでした。

ちなみに、陽子さんの乗った飛行機は、離陸してしばらく飛行したあと、機体異常のためベオグラード空港に逆戻りして8時間後に再搭乗だったとのこと。 チェロやドレス、楽譜類など、私たち以上にたくさんの荷物なのに、、、お疲れさまでした。



 バス移動の途中で夕食に立ち寄ったレストランは、ジプシーヴァイオリンやハンガリーダンスで賑わい、客を踊りに引っ張りこんで熱狂のるつぼに誘います。


 7日と8日
は大変に心地よいグランドホテルロイアル・コリンシアでちょっぴり王侯気分。 ここのエレベーターは一見の価値ありです。


 8日 漁夫の砦に登る。


 砦からの眺めは絶景です。


8日 リスト音楽院を見学しました。
リストの肖像画。オルゴール形式の古いピアノ演奏を聴きました。隣の部屋ではピアノ・トリオのレッスン中でした。


9日 
つづいて、「音楽ツアー」の面目躍如 ? 
バルトーク記念館の内部です。


A班とお別れしたハンガリー英雄広場のBCグループ。
日本製うちわを持つのが愛嬌たっぷり、ガイドのブダイさん。


9日
 ハンガリーからソンバトヘイへの移動のランチ風景。
いつも食べきれないほどのご馳走でした。
陽子さん、ソンバトヘイでエヴァ・カルドシュさんとリサイタル (カルチャーハウス)


通訳してくださったブタ地区生まれのブタイ氏は、独特のイントネ~ションの日本語で退屈しませんでした^^;
「気晴らしにトイレ休憩をする」から始まり、笑いの連続でした・・・。 「土、一升=金、一升」など一昔前の日本語を巧みに操り;<日本語博士>と皆で言ってました。帰国してからも彼の愛らしいイントネーションが耳に残っています。


 11日ヘーヴィーズのホテル前の径はゆったり・しっとりと秋の風情。私たちのホテルはこの右手、温泉湖はすぐ左手にあり、ホテルから水着で泳ぎに出かけられます。

 タイヤの浮き輪をもつ親子連れや、療養のお年寄りなどで、時間はゆっくり流れます。
ホテルの中にも小さいながら温泉プールがあり、ホテル内は10名ほど、湖は6名が体験しました。


 11月の屋外でも寒くない!! 年間を通して咲く蓮の花といっしょに泳げるヘーヴィーズの温泉湖は世界最大とのこと。
でも、硫黄泉の中でなぜ蓮が咲くのか、ふしぎふしぎ。

写真、モヤーッっとしているのは湯気のせいで、カメラや写真の腕前のせいではありません・・・念のため。

健康保険で長期療養ができるというのはうらやましい限り。


11日
 サヴァリア交響楽団とサンサーンス協奏曲
     (バルトークホール)

 ハードなスケジュールの中、2日前にはリサイタルもありましたが、全5回のコンサートもこれで燃焼しつくして笑顔!!


 バルトークホールが併設されている司教座大聖堂。
二本の尖塔が美しい。


 ソンバトヘイの市内広場。ソンバトヘイは発掘調査により紀元前のローマ時代から栄華を誇っていた歴史的な街ということが証明されました。2000年前の琥珀街道の石畳を今も見ることができ、神殿や共同浴場などの遺跡も見学しました。



11日 ソンバトヘイからショプロンに移動の途中で立ち寄ったケストヘイ城の庭園で。


陽子さん応援 東欧音楽ツアー 第四部 ウィーン編   ▲▲

 12日 旅もいよいよ終盤となり、B班とも分かれて残り7名のCコースは個人旅行の風情となりました。
陽子さんはBコースの皆さんと一緒に一足早く帰国されましたが、ここからはスーツケース運び、食事、乗り物など個人責任です(^^);

天候は薄曇りながら日中は思ったより暖かで空港からタクシーでホテル「H・メルキュウール ウエスト バーンホフ」に入りました。「ウエストバーンホフ」というウイーンのあらゆる電車の始発駅前にあり 街の中心部からは離れていましたが何処へ行くにも便利でした。

 

   有名なモーツアルト像。
全ての電車・一日有効チケットを買って地下鉄他の体験も・・。 リンクなる街中心部を走る路面電車に乗り~夕刻のウイーンを二周りして・・・乗り降りの人々、クリスマスの準備がされた風景を楽しみました。


  12日夜は、シェーンブルン宮殿のオランジェリー・コンサートへ。チェンバーミュージックあり、オペラの有名なアリア他をソプラノ、テノールできかせ・・バレエも・・。
2部はウインナーワルツの夕べで、最後には聴衆を拍手で巻き込む楽しいコンサートを聴きました。


その横にあるのはブラームスホール。600席の、今度はうって変わった上品な中世風のしつらえに感動して・・
それらのホールの歴史、そこを根拠地?とするオーケストラの紹介等々にすごーいと感歎!・・


  夜はいよいよ本番のコンサートです。読めないプログラムながら・・Philharmonisches Orchester Gyor。指揮者はKarl Sollakによる、ワーグナーのマイスタージンガー、ヨハンシュトラウスⅠ世のVnコンツェルト、休憩をはさんで、ブラームスの交響曲4番という本当に豪華版でウイーンの最後の夜に相応しく・・みな満足!!

 
最後になりましたが、ベオグラードでお世話になったマルコビッチ教授(左)、旅行社の社長さん(中)、プラハで通訳いただいたアンドレアさん(右の右)、そしてこのすばらしい手作り企画を練り上げてくださったビッグホリデーの石原さん(右の左)、本当にありがとうございました。

そして、プラハ交響楽団、ベオグラード交響楽団、サヴァリア・シンフォニーなど各オーケストラの方々は勿論のこと、ジャパンアーツ、在ベオグラード日本大使館、日本ハンガリー協会、ホルプ先生やハンガリーのブダイさん、たいへんお世話になりました。